身長176cm(プロレス時代の公称身長は180cm)、体重116kg。朝鮮在住時代に既に結婚し、子供もいたことからみて、実際は公称生年月日より早く生まれていると思われる。
シャープ兄弟をはじめとする外人レスラーを空手
チョップ(アメリカではジュードーチョップと呼ばれていた)でばったばったとなぎ倒す痛快さで、
1953年に
テレビ放送が開始された事も重なり日本中のヒーローとなる。
1954年12月29日、
蔵前国技館で開催されたプロレス
日本ヘビー級王座の決定戦で
柔道王者の
木村政彦に勝利し、日本のプロレス界を統一した。しかしながら、世紀の一戦が
八百長崩れであることが明らかになり(プロレスに一定のストーリーがあるということは当時全く知られていなかった)、それ以後三大紙や
NHK等の一般メディアの取材対象から外れることになる。また、シュライナーズ・クラブに慈善活動への協力を求められると力道山が金銭を要求したため、こちらとも縁が切れてしまった。